檜原村人里 たなごころビレッジ 井上佳洋さん 人里には夢がある

「人生が楽しくて仕方がない。人里には夢がある」と半生を語るのは、檜原村人里集落でガス、灯油の配達販売、林業、自家製酵母パンの製造販売、宿泊施設を経営する「たなごころビレッジ」オーナーの井上佳洋さん(61)。

井上さんは1960年、同集落にガス屋の長男として生まれる。中学の入学式に運命の出会いが。妻の百合子さんがやけどをし、包帯をしている姿を見て「あっ、俺がなんとかしてあげたいと思った」。27歳で結婚。「妻には人生のターニングポイントでいつも背中を押してもらっている」と話す。大学で土木工学を学び、地元の土建屋で働くことに。大きなプロジェクトを任され、夜中まで働くこともあったが、楽しくて仕方がなかった。

30歳を過ぎたころ、父から「家業を継いでくれ」と言われた。月給3万円だと聞かされ「そんな給料では働けるわけがない」と断るが、厳しかった父が肩を落とす姿を見て、継ぐことを決めた。

33歳で灯油販売を本格的に始めようと、急峻地に1万㍑のタンクを設置。40本の杉を伐採し、中古のユンボとランマーを購入し自身で造成、土地を切り拓いた。

44歳の時、自分の山に山道が通ることになり、150本の木が伐採された。「ただ、もったいないと思った」と木を運び製材した。材木を保管する場所を作らなければと、また造成し基礎を打ことに。

自作した「まい酵母パン たなごころ」の内装

大工と共に建てた資材置き場を見た百合子さんに「ここをパン工房にしたい。オープンは1年半後」と言い渡される。そこから置き場の外装内装を仕上げていく。集落の人に手伝ってもらいながら、2006年8月13日に「まい酵母パンたなごころ」をオープン。

18年には最大20人が泊まれ、BBQや川遊びを楽しめる貸別荘型施設「ゆらく」をオープン。20年には、犬と泊まれるツリーハウス「ちゃめハウス」を増築。「たなごころ」では薪で焼き上げるピザの販売を始めた。

川沿いにサウナをつくる計画、擁壁をボルダリングができるようにすること。ビレッジ作りはまだまだ終わらない。

井上さんは「100年先も人が暮らせる集落」をコンセプトに始まった「人里もみじの里」プロジェクトでも活躍。これまで1万2000本のモミジや、ヤマザクラの植林に携わってきた。

やりたいことを着実に形にしてきた井上さんの原動力は、中学3年生の時に家が全焼したことだという。「火事で全てを失った。泊めてくれた人、着るものをくれた人、みんなに助けられた。自分はその恩返しを地域にしたい。自分ができることはなんでもやる」と、生まれ育った人里への熱い思いを語った。(鋤柄)