Weekly News 西の風

東京西部 西多摩8市町村の地域紙 タブロイド版/毎週木曜発行

−東日本大震災からまもなく15年− Look back 2013年2月15日号掲載記事

2026年3月5日

 東日本大震災から2年後の2013年、宮城県石巻市を訪問した折の現地レポートです。震災を忘れず、次に備える思いで過去の記事を振り返ります。本日2026年3月5日発行の13年ぶり再訪記事と合わせてお読みください。
*文中の年齢等は取材当時のものです。


震災からまだ2年「過去じゃなく続いている」

石巻に通う小作さん

 あきる野市伊奈の小作幸弘さん(42)は、東日本大震災の10日後から宮城県石巻市に通い、がれき撤去や生活物資を配布するなどの支援活動をしてきた。現在も交流を続ける同市の鹿島御児神社で2013年2月3日、小作さんと仲間が餅つきを催し、被災した市民ら約300人に餅と手製の豚汁を振る舞った。1日夜から3日まで小作さんたちに同行し、現地の人や被災地を取材した。 (伊藤寛子)

前田小の米で餅つき

 餅つきにはあきる野市立前田小学校(竹川博校長)の5年生が種まきから携わって育てたもち米30㌔が使われた。米づくりの過程を伝える写真と併せて、子どもたちからの激励メッセージも届けられた。

 小作さんたちは、同校の歯科校医で米づくりの指導もする澤田章司さん(53)の提案で昨年初めて餅つきを実施。好評だったため今年も続けることに。臼や杵などの道具も前田小から借りて持参した。

 今回の餅つきには小作さん、澤田さんのほか小作さんの仲間の田野倉明美さん、大樹君(西秋留小6年)親子、大野美佐子さん、鈴木智成さんと、前田小の鈴木貴副校長が参加。NPO法人生きる塾から渡辺謙一郎理事長ら3人が応援に来た。

会場を提供した鹿島御児神社の窪木好文、浩枝夫妻(中央)と
餅つきを主催したみなさん。後列中央の黄色い服が小作さん
元気に杵を振る石巻の子

震災きっかけに結婚

 会場となった鹿島御児神社は海や港、石巻の市街地を一望できる日和山公園の一角にあり、3・11のときは地元住民が大勢避難してきた。その日、神社の権禰宜、窪木好文さん(41)は長い階段を何度も上り下りして住民を担ぎ上げたが、途中で波に飲まれて亡くなった人もいたという。

 「津波で家は残ったが、家財を全部流され、職場で一緒だった人は亡くなった。まだ見つからない友達もいる。神社に来ると思い出されて涙が出る」と話してくれたのは、駅前に住む佐藤としゑさん(65)。悲しみから完全に抜け出してはいないが、震災後、自宅の電気工事を依頼した和泉康樹さん(66)と知り合い、このほど再婚。「失ったものばかりではない」と思えるようになったという。

創業80年の餅屋を再開

 300人分の餅をスムーズに配ることができたのは、西川暎氣さん(39)、亜月子さん(39)夫妻の協力が大きい。2人は石巻市内で創業80年の「二色餅」を営む本職の餅屋さん。「自分たちにできることがあれば」と忙しい仕事の合間を縫って事前に20㌔分の餅をつき、餅にからめるあんこときなこも用意してくれた。

 実は西川さん自身も津波で店を流された。高台の自宅は無事だったが、仕事のできない9カ月間は不安で夜も眠れなかったという。

 一昨年の4月半ば、神社の誘いで石原軍団の炊き出しの手伝いをした。1000人の行列を前に天ぷらを揚げ、「急かされて大変だったけど、働ける喜びを思い出した。それまではもっとゆっくり仕事したいなと思ってましたが」と亜月子さんは振り返る。

 23歳で結婚したのを機に婿入りし、脱サラして餅屋を継いだ暎氣さんは、「津波に全部持っていかれて悔しかった。店を再開したいと思ってもなかなか話が進まず、自分だけ置いて行かれたような気持ちになった。外で人に会えば『また店やんなよ』って言われて、『いつかやります』。『いつかいつか』と言ってるうちに、だんだん嘘ついているような気持ちになって…」と、店舗再建資金の借り入れが決まるまでの不安な心模様を明かした。

 一昨年12月に店を再開。「いっぱい借金して店を始めて、返せるかなという不安もありますが、私たちよりもっと大変な人はいっぱいいる。元気な自分たちは少しでも這いあがらないとと思う」と亜月子さん。暎氣さんは「外に働きに行こうと考えたこともありましたが、自分にはこれしかないという思いで店を再開した。とにかく1日1日を大事に生きて行かなければと思います」と話した。

忘れてはいけない

 空いた時間に車で沿岸部を案内してもらった。再建した水産加工施設がいくつか見えるものの、住居のあった場所は更地のまま。土曜日の朝8時というのに重機ががれきを運ぶ騒音が響き、それらを燃やす仮設焼却炉から盛んに白い煙が上がる。壊れた車の仮置き場には、新たに車が運び込まれている。市内に点在する仮設住宅には、いまだ1万人近い人が暮らすという。

まだ片付かないがれきの

 町のあちこちに残る傷跡や地元の人の話から、2年前、ここに確かに津波が来たことが想像できる。

 震災からまだ2年。来るたびにがれきの量は減ってきているとはいうが、ようやく片付き始めたという印象。復興はこれからだというときに、私たちはもう被災地のことを忘れてしまっている。

基礎ごとなぎ倒された建物。手前が屋上
災害廃棄物の仮設焼却炉がフル稼働

 「震災は過去じゃない、続いてるってことを忘れてはいけない」という気持ちで小作さんは石巻に通い続ける。「現地に来て、現地の人と話して、被災地の現状を知ってほしい。その中で自分ができることも見えてくるはず」と、石巻に来るときはできる限り知人を誘うようにしている。

タブロイド版