西多摩と南・北多摩の人をつなげたい——。そんな想いから、西多摩の地域メディア「西の風」と立川を拠点にする英字サイト「ミータイム」は読者の皆さんの生活圏内である南・北多摩の魅力的な女性たちの取り組みを紹介する連載をお届けします。月1回のペースで続けていきます。
曽根衣佐美さん・勝又邦子さん・阿部静子さん(1969年大妻女子大学・短期大学卒業元写真部)

女性写真部が捉えた 立川・福生の記憶、昭和の光と影
50年以上前に立川および砂川周辺と福生のまちを歩き撮影した写真が、一冊の写真集として2023年11月末に出版された。撮影者は1969年に大妻女子大学・短期大学を卒業した写真部員たち、都市近郊の開発や米軍基地強化が進められていた1960年代後半に「集団撮影」としてまちを歩き、シャッターを切った。
1967年、写真部は全国学生写真連盟に加盟。当時、世界中で学生運動が沸き起こり、日本でもベトナム反戦運動や砂川闘争、三里塚闘争などが続いていた。写真部もまた、「社会に対してどう向き合うか」「表現とはなにか」を真摯に問う場となった。
「当時の立川はバーが立ち並び、暗がりの中に静かに佇むアメリカ兵の姿があった。今振り返ると、ベトナム帰還兵だったのかもしれない」「立川駅北口は白人、富士見町は黒人用という区分があり、まるで戦後の占領が続いているようだった」一方、「福生は基地のまちらしい賑やかさに包まれ、米軍高官たちが笑顔で行き交っていた」 という。
撮影を通じて自分の生き方と向き合う契機を得た。「最初は花や風景ばかり撮っていたが、1967年を境に他校との合同例会で写真を見せ合い、写真を他人に評価される厳しさを知った」と、女性であることの葛藤も抱えながら、自立を模索していった。加えて文化的刺激も多い時代、お茶の水付近のカフェで他大学生たちとゴダール『勝手にしやがれ』や『気違いピエロ』、ルルーシュの『男と女』などを映画館で鑑賞し、サルトルやボーボワールを読み、議論を交わした。「あの時間は、家庭や周囲の価値観から自分を切り離して考える貴重な時間であり、自己を解放するきっかけ」と三人は当時を振り返る。
写真集の制作は、2018年にキャビネサイズの200枚の写真が発見され、阿部さんに手渡されたことから始まった。曽根さんと勝又さんがセレクトと編集に参加し、時を超えて当時の光景を一冊にまとめた。会話の締め括りに阿部さんは「卒業から長い時を経て、当時を新たな目で見つめ直し、興味を持って向き合うことができた」と話す。若い世代からの反響もあり、吉祥寺や代田橋の写真専門の本屋でも取り扱いがある。
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