2026年8月、土間のある作業場を求めて埼玉県狭山市から檜原村下川乗の「マロハウス」に越して来た山本公彦さん(46)の職業は、刃物の「研ぎ師」。多摩近隣のスーパーや都心のマンションに出張し、手研ぎ専門で主に包丁研ぎのサービスを展開している。哲学と誇りを持って仕事に打ち込む一方、日常生活に使い心地や着心地の良いものを取り入れ、直しながら長く使う丁寧な暮らしを実践、提唱する。
山本さんが「研ぎ陣彩乃国店」の屋号で商売を始めたのは2011年4月。高校を卒業後、自衛官、探偵、会社員と異色の経歴を積み、次は「手に職をつけたい」と選んだのが研ぎ師の仕事だった。会社勤めをしながら都内の養成所で3年ほどかけて技術を身につけ、出張用の軽バンを購入して独立。飛び込みでスーパーを回るなどして手探りで出張先を開拓し、さまざまな客とのやりとりを通して仕事哲学を確立した。
手研ぎにこだわり、「極力削らず研ぐ」のが信条。「お客さんの財産(包丁)を減らしたくないから」で、速くて安い機械研ぎの対極をいく。研ぎ賃は刃の長さや種類によって1本1700円〜。作業に注ぐ時間と技術に交通費を加味して決めた妥当な価格と認識しているが、「高い」と敬遠されたり、値引きを強要されたりすることも。
かつて傷ついたこれらの客の反応に今は動じない。「価値観は人それぞれ違うので、そういうお客さんは追いかけない。ぼくは丁寧に良い仕事をする。その価値を理解してくれるお客さんとご縁を深めていきたい」と、通じ合える客との出会いを大切にする。

包丁研ぎの傍ら自身の愛用するまな板や菜箸、エプロンなどの台所用品を販売する。価格は市販品より高めだが、どれも抜群に使い心地がよく修理がきく。質の良いものは暮らしの質を高めるとの信念から自分が使って良いと感じた商品を紹介する活動で、少しずつだが共感の輪を広げている。
一番の共感者は6年前に結婚した妻の満希さん(50)。「独身時代は有名ブランド品というだけで買っていましたが、今は夫の影響で着心地や使い心地がよく、自分にちゃんと似合うものを十分吟味して選ぶようになりました」。山本さんは「ぼくらはお金をたくさん持っているわけではないけれど、お客さんに喜んでもらって対価をいただける仕事があり、愛着のあるものに囲まれて、それらを『いいね』と言ってくれる人たちと関係性を築ける。それに檜原村のこの景色…豊かだなと思います」と窓の向こうの山々を見つめた。
豊かさを測るものさしは一つではない。山本さんが教えてくれた。

研ぎ陣彩乃国店
出店依頼などは090(7829)4459まで。出店情報は下部URLから。
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