あきる野映画祭閉幕――野外パーティー印象的 立ち上げの中心人物 草創期の思い出語る 高橋敏彦さん

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1988年の野外パーティー「リュミエール長岳」の会場風景。当時のにぎわいが伝わってくる

今年35回で閉幕する「あきる野映画祭」。近隣に映画館のない時代から見ごたえのある作品を多く上映し、最も多い年には4日間で9000人近い観客を集めた。野外パーティーや著名なゲストを囲んでの座談会など画期的な取り組みでまちの名を外にアピールする役も果たした。35年の歩みを年表で振り返りつつ、映画祭立ち上げの中心人物である高橋敏彦さん(77、同市乙津)に草創期の思い出を語ってもらった。(伊藤)

 

あきる野映画祭の前身である五日市映画祭は、当時の五日市町観光産業課職員が町を代表するイベントを模索する中で始まった。1984年、職員の一人が町の観光ポスターを手がけていたデザイナーの高橋さんに相談を持ちかけ、高橋さんが映画祭を提案。インパクトのある企画が受け入れられ、翌年の開催が決まった。
とはいえ町の予算はなく、費用は同町観光協会が負担した。高橋さんと観光課職員、映画に詳しい職員の小林仁さん(「五日市物語」監督)―3人を中心に準備が進められた。
第1回のテーマは「風土と人間」。主に高橋さんが映画関係の知人を頼り、都心でもなかなか見る機会のない国内外の記録映画や前衛映画ばかりを集めた。開催地が東京の山間の町であることや通好みの作品構成などがマスコミの注目を集め、新聞やテレビに大きく取り上げられた。
第2回以降は町の予算で実施。観光協会青年部が新たに運営メンバーに加わった。実行委員長に郷土史家の石井道郎さん(故人)、副委員長に高橋さんと小林さん、当時の黒茶屋社長の高水宏樹さん(故人)、池谷こんにゃくの森屋一穂さんの4人が就いた。
第4回、観光協会青年部の指揮で上映会を兼ねた野外パーティーを開催した。会場は山の上のグラウンド、現在の瀬音の湯の場所だ。「リュミエール長岳」と銘打ち、都心の有名レストランからシェフを招いてワインとイタリア料理を振る舞った。1人1万円、カップルで、正装で参加するのが条件のパーティーにスタッフを含め400人を超える人が集まった。
このパーティーを企画したのが、当時、青年部長でもあった映画祭副実行委員長の高水さんだ。「宏樹さんの演説に実行委員はみんな燃えてさ、その気になっちゃった。今考えると、よくこんな大胆なことができたなと思う」と高橋さんは振り返る。
第4回を含め野外パーティーは3回続き、映画祭とともに五日市の名を町外に知らしめる役を果たした。

あきる野映画祭高橋さん
現在もポスター制作などで映画祭に携わる高橋さん(あきる野市乙津の展示室で)

その後、映画祭は小林さんらを中心に運営され、町(市)を代表するイベントに成長した。長年映画祭を引っ張ってきた小林さんが裏方に回って以降、2015年には20代の市職員8人が実行委員に加わり、新たな風を運んできた。だが、中心となる実行委員の高齢化や資金不足を食い止めることはできなかった。
「35回もよく続いた」と高橋さんは運営スタッフを労う。実行委員会を残すことについては「若い人を加え、新たな発想で、地元の人が自分たちの住む土地に誇りを持てるような催しを考えていってほしい」とエールを送った。

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寄稿
あきる野映画祭最終回に寄せて
映画監督・脚本家 安田真奈

あきる野映画祭が五日市映画祭だった1994年。8㍉フィルムコンテストに入選した私は、関西から電車を乗り継ぎ、武蔵五日市駅に降り立ちました。清々しい緑に癒やされつつも、この長閑な街で、拙い自主制作映画を何人に観ていただけるのかと若干不安を覚えたものです。
しかし、不安はすぐに消えました。市民の方々は真剣に鑑賞くださり、審査員の方々は丁寧にコメントをくださり、スタッフの方々は優しくもてなしてくださいました。拙作「わっつ・ごーいん・おん?」は、グランプリと観客審査員賞を受賞。「技術は未熟だけど、心に響く」という審査評は、映画を専門的に学んだ経験がないOL監督に、撮り続ける勇気を与えてくださいました。
あきる野映画祭の魅力は、距離感の近さでした。審査員コメントが丁寧な上、一次審査評もくださり、審査員や作品関係者と語り合う「車座」もありました。私は「わっつ・ごーいん・おん?」「ぼちぼちの俺ら」「おっさん・らぷそてー」「忘れな草子」「イタメシの純和風」で、4つのグランプリと監督賞、脚本賞などを頂くうちに、「いつか映画の道へ」という夢を抱きました。
フィルムコンテスト終了後も、「ひとしずくの魔法」や、上野樹里さん沢田研二さん出演の劇場デビュー作「幸福のスイッチ」を招待上映いただき、伺うたびに新たな出会いや感動がありました。映画は、長く楽しみを分かち合える「終わらないお祭り」だと感じました。
映画祭最終回の本年。育児ブランクを経て11年ぶりに監督を務めた「36・8℃ サンジュウロクドハチブ」を上映いただき感無量です。毎日は、ちょっと嬉しかったり、ちょっと悲しかったりの繰り返し。青春はまさに微熱…。堀田真由さんをはじめとする俳優陣のナチュラルで繊細な芝居と、兵庫県加古川市の素朴な風景をお楽しみください。
35年にわたる開催、ありがとうございました。映画という「終わらないお祭り」を、続けますね。

無題安田真奈  奈良県出身、大阪府在住。大学の映画サークルで8㍉映画を撮り始め、メーカー勤務約10年の後、2006年、映画「幸福のスイッチ」監督・脚本で劇場デビュー。当作品で第16回日本映画批評家大賞特別女性監督賞、第2回おおさかシネマフェスティバル脚本賞を受賞。育児ブランクを経て2017年以降、映画「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」、小芝風花主演・近大マグロドラマ「TUNAガール」(吉本興業製作)の監督・脚本で撮影現場復帰。