認知症とともに生きる (下)

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日々認知症治療・ケアにあたっている須甲センター長(右)と小河原副センター長

あきる台病院 認知症疾患医療センター
予防のためにできること、
介護者がすべきこと

1978年の開設以来、あきる野市秋川で地域医療を支え続けているあきる台病院。2017年には都の指定を受けて「認知症疾患医療センター」を開設した。「できる限り患者さんとその家族に寄り添い、安心・信頼できる医療を提供していきたい」と、認知症患者に対する専門的な医療の提供や相談などを行っている。日々患者とその家族に向き合っている、センター長で医師の須甲陽二郎先生、副センター長で精神保健福祉士の小河原弘司さんに、予防のためにできること、介護者がすべきことなどについて話を聞いた。

外科的な処置で治るケースも
専門的な診断で治療を
昨年度の同センターへの相談件数は、来院と電話相談を合わせて3958件。あきる野市内や近隣から例年4000件弱の相談が寄せられており、ほぼ横ばいで推移している。
相談を受けた後、必要であればかかりつけ医の紹介状を持参してもらい、専門的な検査や問診などをして鑑別診断をする。MRIやSPECTなど高度な検査が必要な場合は、公立阿伎留医療センター(同市引田)などに紹介し検査をする。
診断後は、内服薬の処方や外科への紹介などの医療のほか、リハビリや訪問介護・看護、生活相談など多様なケアを用意している。須甲先生は「ご本人やご家族が安心して選べるよう、一人ひとりに合った治療法やケアを提案しています。気になることがあったらいつでも相談を」と呼びかける。
なお、認知症のサインはもろもろあるが、「前日の夕ご飯を誰と一緒に食べたかを思い出せなかったら要注意」と須甲先生。「食べたものを忘れてしまうことに加えて、食べた状況を思い出せなかったら認知症が進行している可能性が高い」という。

認知症の予防
二本柱は「運動と食事」
メタボリックシンドローム(内臓脂肪が蓄積し、高血圧・糖尿病・脂質異常症のうち2つ以上を合併した状態)の人は、脳血管性認知症だけでなくアルツハイマー型認知症を発症しやすいといわれている。このため須甲先生は「認知症の予防には適度な運動とバランスの良い食事が不可欠」という。
運動の目安は週2~3回、30分以上の散歩を継続すること。食事面では「高齢者は甘味を食事替わりにしたり、ごはんと漬物だけで済ませたりする人もいるが、多品目をバランスよく食べることを心掛けてほしい」という。

介護者は、周りに
頼ることが大事
介護している人が第一に考えるべきなのは「認知症の方と良い関係を継続していくこと」と小河原さん。「介護している人は休みがなく心身ともに負担が大きい。周りに頼って意識的にしっかり休むことが大切」という。
具体的には、家族を在宅介護している人が休息をとるために、被介護者が一時的に入院する制度「レスパイト入院(入所)」を利用する方法もある。また「当病院への来院・電話相談や、担当ケアマネージャー、地域包括支援センター、在宅介護支援センター、オレンジカフェ(認知症カフェ)など、話しやすい窓口を積極的に利用してほしい」と話していた。(佐々木)

講演する佐々木施設長
講演する佐々木施設長

福生市が公開講座
「仲間を作り、1日1回は笑って」

福生市は21日、もくせい会館(同市本町)で認知症公開講座「認知症とともに生きる」を開催し、約80人が参加した。第1部では特別養護老人ホーム第2サンシャインビラ(同市福生)の佐々木和仁施設長が「私にしかできない介護」をテーマに講演。第2部では日の出町のケアマネージャーを中心に結成したボランティア団体「お年寄リスペクト隊」が心温まる寸劇「ばあば大好き」を披露した。
佐々木施設長は、同居していた義母をヘルパーだった妻が中心となり、家族で介護した経験などを踏まえて講演。佐々木施設長の前では「自分でできるから大丈夫よ」と義母が自らやることも、実の娘である妻には「靴を履かせて」「ベッドから起こして」と言うことがあった。妻は「身内の介護は仕事の介護とは違う」と苦悩することもあったが、佐々木施設長はそれまで以上に夫婦の会話を大切にし、愚痴を聞き共感するよう心がけたという。「一人で介護をしているとどうしても、悩み、ストレス、辛い思いが生じる。その気持ちを少しでも吐き出さないと明日の介護が頑張れないだろうなと感じた」と振り返る。
義母は昨年春に亡くなったが、生前「本人には言えないけど娘には一番感謝している」と漏らした。佐々木施設長はそれを聞き「わがままや甘えは介護者を困らせてやろうと思っているわけではなく、ほかの誰にも言えないこともあんたには言える、あなただったら聞いてくれるという思いがあるから。本人は言わないかもしれませんが、『あなたがいてくれてよかった』と思われていることを理解してほしい」と語りかけた。
最後に、「介護は一人ではできません。家族や家族の会、近所の友達でもいい、多くの協力者や理解者を作り、ともに立ちどまり、笑い、愚痴を言い合ってください。介護に関することを愚痴ることは恥ずかしいことではなく、明日を頑張るための扉を開けること」と力説。また「心のストレスは笑うことで解消されるので、1日1回は笑う時間を作って」と呼びかけた。(佐々木)

 

先月13日の例会の様子。秘密厳守、傾聴を約束し、心を割って語り合う参加者ら
先月13日の例会の様子。秘密厳守、傾聴を約束し、心を割って語り合う参加者ら

介護の悩み語り合い13年
認知症家族の会・青梅ネット
専門職のアドバイスや施設情報も

 

西多摩で最も長く活動する認知症家族の会・青梅ネットは、代表の長谷川正さん(85)が2人の介護仲間と2007年に立ち上げた。毎月一度の例会には30人前後の家族が集う。参加者が介護の苦悩を語り合うのが第一目的だが、看護師・ケアマネージャーなど専門職のアドバイスや施設情報なども得られる中身の濃い集まりとなっている。
会の冒頭、秘密厳守や傾聴を誓う「お約束」を参加者全員で読み上げるのが決まりだ。「ここで聞いたことはここだけの話にする」という約束を全員が共有することで、心を開いて胸の内を語り合えるという。
長谷川さん自身、認知症の妻を11年介護した。相談する場所も人もなく、一人で苦悩を抱え込んだ経験から、妻を看取った翌年に会を設立。だが、会の様子を発信して参加者を増やそうにも、発足当初は家族が認知症であることを隠す傾向が今よりずっと強く、参加者の発言をメモすることも録音も許されなかった。
ある時、耳の不自由な人の参加があり、メモ風にまとめた記録を渡すように。メモは次第に詳細になり、後に「青梅ネット短信」として広く配布されるようになった。地域の医師の協力で2011年以降、病院の待合室に短信が置かれるようになり、会の存在を知る人が増えた。
最近は短信を見て例会に来る人が毎回1、2人はいるという。「たくさんの方の好意と善意に支えられ、活動が広がっていった」ことをうれしく受け止める長谷川さんだが、自身が高齢となり、活動をどう引き継いでいくかという課題も一方ではある。
会はボランティアで運営。主な収入は例会ごとに集める会費だが、配布資料などの印刷代を賄うので精一杯だ。例会準備、短信の編集・発送など多くの業務がある中、今後もボランティアで会を継続していくには限界があるという。
「短信を配るのに協力してくださった野本医院(同市新町)の野本正嗣先生は『認知症の大波を乗り越えるには官も民も医師も一般の人も皆が一緒になって取り組まなきゃだめだ』とおっしゃった」。まさに今がその時だと感じている。
例会は毎月第2金曜正午~午後3時、同市福祉センター2階で開催。会費400円。原則予約制。0428(22)0737長谷川さんまで。 (伊藤)

特集の取材を終えて
認知症とともにある未来、明るくするカギは

「親の世話をせずに人様の介護をすることに後ろめたさはありました。ただそうしなければ私自身が壊れてしまっていた」。
高齢者介護施設に長年勤め、叙勲を受けられた女性が涙をぬぐいながらそう話した。取材したのは20年近く前。「道を究めてきた介護のプロであっても、認知症の人を家族で介護するのは至難の業なんだ」と強く印象に残り、今回の特集で取材をしながら何度となく思い出した。
その女性は実の母が認知症になり、自宅で介護しようとした。が肉体的な疲れに加え、実の親子だからこそ湧いてくる悲しみ、怒り、それを母にぶつけてしまう自責。積み重なっていくストレスが体と心を蝕み、最終的に特別養護老人ホームに入所することを選択した。
5年後には高齢者の5人に1人が認知症になるといわれている。介護施設に全員が入所できるはずはなく、家族で介護する人は今以上に増えるだろう。介護のために仕事を辞める人が増え経済は落ち込み、肉体・精神的にも壊れていく介護者が増える、そんな想像は容易にできた。その未来が被介護者にとって辛いであろうことも。
この想像を覆す方法はないのかと考えながら福生市の認知症公開講座を取材。そこで、妻を介護している田中梅夫さんがマイクを持ち、「認知症は恥ずかしいことではないし、周囲に隠すべきではない。周りに協力していただいて、互いに共感しながらやっていくべき」と話した。「それしかない」と思った。
専門家のサポートを得ながら、介護者同士、ご近所同士で愚痴を言い合い笑い合い、支え合える地域を作る。それが私の想像してしまった暗い未来を明るく変える方法だろう。そしてそんな地域を作る一歩目は「うち、今大変なんだよね」と誰かに打ち明けることなのかもしれない。(佐々木)