西多摩の地域メディア「西の風」と立川を拠点にする英字サイト「ミータイム」が、多摩地域の魅力的な女性たちの取り組みを紹介する連載です。
星 泉さん 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授、チベット研究者・翻訳者

異文化の間で躍動し、知を楽しむ
教壇に立ち次代を育む傍ら、翻訳者としての偉業も多い。近代小説が書かれるようになって半世紀にも満たない地で、漢語に侵食される状況に抗いながら、チベット語による表現を貫く作家たちの声を届ける。
2024年に日本翻訳文化賞を受賞した『花と夢』(ツェリン・ヤンキー著、春秋社)は、昨今のフェミニズム文学の隆盛とも共鳴、アジア人女性の連帯を示す一冊として脚光を浴びた。一方で、作中の女性たちが選ぶ「戦わない姿勢」に対し、読者からは仏教的価値観が自立を妨げているのでは、との批判も上がった。だが、その背景にはチベットに根付く仏教的哲学がある。「彼らにとって人生は連続するもの。今生だけで結果を求めず、善行を積み次へ繋ぐ発想がある。変えられない現実を受け入れ、善が巡るのを待つからこそ、他者に尽くすことも自然に行われる」と話す。運命を受け入れる達観は、効率を重視する生き方と対極にある。それでいて、過酷な状況を笑いへと昇華させるユーモアもチベット文学の魅力だ。物語の端々には、慌ただしい日々の中で見失いがちな、「よく生きる」ためのヒントがある。
言語研究から辞書編纂、映画紹介まで専門の壁を越境する姿は、周囲の目に「いつも仕事を楽しんでいる人」と映る。仕事と遊びに、明確な線引きはほぼない。「自発的に動くときは常に遊びの感覚があり、それ以外のタスクにもゲームのような面白さを見出し、没入していく。楽しめない時は、自分の行動がどこに繋がっているのか見えなくなっているのでは」と語る。
現在はヒマラヤ山脈を挟む南北に見られる熟成チーズの伝播を追う。「チベットのチーズは種類が少ない」という定説を覆す多様性が、文献調査と現地調査から浮かび上がってきた。「南北では気候も暮らしも全く違う。南の湿潤な山地に暮らす少数民族が編み出した製法が、交易や巡礼を通じて北へ運ばれたのでは」と仮説を立て、乳製品の専門家と共に研究は佳境を迎えている。
活動の根底には、未知への思考を巡らせる純粋な悦びがある。自動化が加速し、人間が思考する意味が揺らぐ現代について「そもそも人間は思考をやめられない生き物。かつて時間を要したことが瞬時に終わるようになっても、人は空いた時間でまた別の問いを見つけ、考え続けてしまうもの。思考し、身体を動かすこと自体が根源的な喜びだと思う」
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働いてみたい
遊びに行きたい
